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平和の鐘、一振り運動

Peace Bells-One toll campaign

「平和の鐘・一振り運動・2017」各地からの報告

今年(2017年)は、国内に「平和の鐘・一振り運動」を呼び掛けて10年目になります。
この間、いろいろな方々が動いて下さり、60数か所の教会、寺院、神社、施設で、8月9日11時2分に、「核兵器使用は長崎で終わりにし、世界の平和を」と、祈ってくださいました。

*自由が丘めぐみ教会(つくば市)

8年前から、この平和運動に共感し、8月6日と9日の原爆投下の時間に、教会の鐘を鳴らし、参加者の皆様と平和を祈るイベントを続けて下さっています。
阿部牧師様の平和への熱い思いに感謝し、場所をお借りして「平和の鐘・一振り運動10周年」の小さなイベントを9日に開催させていただいた。
40名ほどの集会場はほぼいっぱいで、鶴の平和への想いと、「想いを未来につなぐ朗読の会・つくば」の広島、長崎についての朗読を披露した。
阿部牧師様による司会で、午前10時半から教会の礼拝行事と、日本同盟基督教団が、先の戦争の反省から、武力によらず対話による平和への努力をと、政府に要望した声明文についての説明がありました。その後、鶴の平和活動の原点と作品「長崎の花嫁」についての話をし、午前11時2分に、教会の鐘が鳴らされ、参加者全員で黙とうした。その後、「想いを未来につなぐ朗読の会・つくば」による公演に入った。

*「平和の鐘一振り運動10周年」の自由が丘めぐみ教会での朗読プログラム

広島、長崎を伝える詩の朗読。長崎は、鶴の作品、「明日が来なかった子どもたち」と「長崎の花嫁」、「平和の鐘」を朗読。
どれも、事実を基に作った作品。今回は、私が長崎で教師だった時の教え子、和子さんの姉上「静香さん」の人生を詩にした作品を重点的に話した。
過酷な人生を一生懸命に生きた彼女を生々しく思い出し、不覚にも話の途中嗚咽してしまった。それが、朗読のメンバーにも影響して本番が、感情豊かに朗読されることになった。
会場でも、何度も涙を拭く姿があった。(お涙頂戴!!になってしまって、鶴は反省)
「かわいそうね~で終わらず、このことをこれからの世の中を平和に導くモノにしていただきたい!」
朗読の後、「つっきれ下駄とズック」=平和読本の絵本と、長崎ピースミュージアム(NPS)からのプレゼント「戦争ほうき=手作りのほうきのストラップ」、「NPSの増川氏の報告」などを、希望者に配布。
最後に、阿部牧師様からのあたたかいお礼の言葉をいただき、無事に終了。教会では「すいとん」を用意してくださり、参加者はご馳走になりました。関係者の皆様に心からお礼を申し上げます。

*南宮崎カトリック教会

「平和のために、働く人は幸いである。彼らは神の子と呼ばれる。」
私たちは、平和のために努めなければなりません。ローマ法王の毎年1月の世界へ向けてのメッセージの中で特に強調されています。
・正義でない人、人権を守らない人、弱い人の立場にある人を、排除するのではなく守らなければ、本当の平和は存在しません。日本の多くの宗教に属する人々も、平和のために行動と祈りを捧げています。
日本は直接原子爆弾を受けた経験のある唯一の国です。今まで、日本は平和憲法を通して核廃絶を世界に訴えてきました。私たちも10年前から教会関係者の河野和子氏の呼びかけで「平和の鐘・一振り運動」に参加しています。教会の信者さんたち、教会幼稚園の子どもたち、また近隣の住民の方々を交えて、「平和への祈り」を込めて、鐘を撞いています。本当の平和を考えるきっかけとなることを願って、続けていきます。
(南宮崎カトリック教会主任神父 ダ・ロイト・シルバー様からのメッセージ)

*池上本門寺(東京都

鶴さんから呼びかけを受けて平和の鐘を鳴らすようになって3年目になりますが、
誰もが心のどこかに持っている平和への思いを〝鐘を鳴らす″という行為によって
体現することに意味を感じています。広島や長崎だけではなく、日本全国、世界中の
人々が同じように平和への思いを共にする貴重な機会として継続していきたいと思います。」

(池上本門寺 畑信行様から)

*護国寺

2006年から海外に呼びかけ、2007年から国内には「平和の鐘一振り運動」を呼びかました。その最初から「平和の鐘」をついて下さっています。
大きなお寺さんがすぐに反応をしていただいたことに、内心驚きと感動がありました。
ここでは、檀家の方々が熱心に参加して毎年実行してくださっています。
鐘楼に大きな時計まで用意して、9日、午前11時2分に合わせて参加者みなさまで鐘をついてくださっていますが、毎年参加してくださっている大山圭子様からその時の写真が今年も送られてきました。

また、このイベントを担当してくださっている僧の伊澤元裕様は、『鐘をつくことで平和を願っていきます』と、朝日新聞の取材に答えておられます。(鶴文乃)

*大宝神社

保育園の参加したスタッフからは、

☆平和を伝える(継承させていく)良い機会だと常々思っています。
☆『ピカドン』は簡単な絵本のようですが、喪失感や悲しみが伝わる内容なので、絵本を見ている表情からは、 戦争の酷さを感じていると思いました。実際に昨年経験した年長児(年中児と年長児を参加させている。昨年年中児で参加。)は、絵本の内容を覚えていました。
☆鐘を鳴らすたびに「平和」のキーワードを感じてもらえればと思います。
☆こういう素晴らしい運動があることを教えていただき、本当にラッキーです。子ども達も真剣な態度で参加していましたし、今の生活が当たり前と思っているけれど、この当たり前がとても幸せな大事なことだということにも、気づいてくれた子ども達も多くいたと、確信しています。

『ピカドン』のみならず、一振り運動の数日前から、戦争に関する絵本を読み聞かせています。子ども達が、実際に広島や長崎に行ってみれば、より感じるところも大きいと思いますが、近い将来現地に行く機会を得ることを望んでいます。今の子ども達にできるところはこのような機会を作ることでしょうか・・・。
鶴さんのお兄様の悲しい体験まではまだ伝えていませんが、何かの機会に子ども達に伝えたいと思います。
良い機会を与えていただき、本当にありがとうございました。(大宝神社・山内清視様)

<鶴の兄、当時16歳原爆死の話とは=山内様へのメールから>

*私(鶴)の兄当時16歳は、軍国主義少年で、全身大やけどで瀕死の状態でありながら、片方の靴をしっかり抱いていたそうです。片方はどこへ行ったやら~。はだし!
虫の息で、「明日、お国のために工場に行かなきゃいけないから」とその理由を言って死んだとか!
*亡兄は、でこぼこ山道を約4キロの道を歩いて勤労奉仕に行かねばならなかったので、靴は必需品だったのでしょう。
真っ白な子どもたちの心を、どう育てるかは、大人の責任です。「いい教育をしてくださり、感謝です。鶴

*ドイツ・マグデンブルグの教会

8月初めから、ドイツのマグデブルグに滞在中の友人勝岡様から下記のような嬉しいい知らせが入りました。地元の教会で「平和の鐘」が鳴ったのです。
「ドイツ、マグデブルグ郊外での「平和の鐘ひと突き〜」は私たちにとっても
思い出深い物となりました。
その教会員のEさんRさんご夫婦の話によるとこのマグデブルの85%が
終戦直前のイギリス軍の爆撃で消滅してしまったのだそうです。長崎同様新しい
爆弾の実験だったそうです。

同じような体験から、快く引き受けてくださいました。その教会の神父さまは
女性でその日、鐘を一振りしてくださったそうです。その時私たちは都合で
同席できませんでしたが、写真を頂きました。プリントしたものなので、メールで
お送りできませんが、9月お目にかかった時にお渡ししたいと準備してあります。
Eさんに毎年よろしくとお伝えしました。今回初めて外国の方にこの運動を
知っていただきましたが、わたしたちにとっても、あの戦争を再考する機会になりました。ありがとうございました。

「戦争ほうき」の話もしましたよ!Hさん、面白い!この日だけでも皆んなで作ったらいいかもねと言っていました。
9月にお目にかかれるのを楽しみに。(ドイツマグデブルグから、勝岡由紀子様からの報告)
(名前は、頭文字に鶴が変更)

*マグデブルグの教会の話に、長崎県被爆者手帳友の会・会長井原東洋一様からのお便り
「マグデブルグのお話を聞き、懐かしく当時を思い出します。旧東ドイツの時代、ホーネッカー議長を長崎へ招き、平和公園に「諸国民友好の像」が贈られ、菩提樹3本が植えられました。この像の原型はマグデブルグ市の諸国民友好の丘に在ります。長崎の原爆瓦も大切に保全されていました。私は、1985年。86年。89年、日本・DDR友好協会長崎支部事務局長として、お招きを頂き、3回訪問で東ドイツの各都市を廻り、特に、マグデブルグ市との友好都市関係の促進と、長崎大学工学部及び長崎総合科学大学と「マグデブルグの原理」で有名なマグデブルグ工科大学との学術交流協定の成立に努力し、マグデブルグ市内に「日本食レストラン・長崎」を開店する目的で、場所を決め設計書も完成していましたが、全ては東西統一の波に消えました。私は、東ドイツから「諸国民友好銀賞」を受けています。そして、統一から5年後に、前マグデブルグ市長夫妻を日本に招待し、東京、北九州、長崎、鹿児島、東京を遊覧してお帰り頂きました。あれから、はや、20余年の月日が流れ、ドレスデンの破壊教会遺跡も修復されたと聞き、浦上教会の経過に思いを重ねます。姉妹都市関係は、話題だけに終わりましたが、しかし今、ゲルニカを通じて、ドレスデンとは、「共に平和への道を歩む協定」を結んでいます。ドイツの友人たちを懐かしく思い出します。(長崎県被爆者手帳友の会会長・井原東洋一様より)

*友人が、初めて「平和の鐘」を要請してくれたところに、以前から長崎とこのようなご縁があったとは!不思議なものを感じます。今はあまり知られてないことと思い井原様のお便りを転載させていただきました。(鶴)

*たくさんのメッセージありがとうございました!このほかにも、きっと各地で「平和の鐘」が鳴らされたことと思います。
その鐘の音が、世界中に広がって戦争がなくなっていきますように!!
この活動は個人が基本です。あなたの平和への想いを、行動に移していきましょう!
あなたのメッセージをお待ちしてます。

「平和の鐘・一振り運動、鶴文乃」

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